侮辱罪が厳罰化の見込み|現行法からの変更点・予想される効果
現在開催中の2022年度通常国会において、侮辱罪の厳罰化を盛り込んだ刑法改正案が提出される見込みとなっています。
侮辱罪の厳罰化が可決・成立すれば、インターネットなどで行われる誹謗中傷に対する一定の抑止力になり得ます。
しかし、それだけでは抜本的な解決になるとは言えないため、今後も法整備と社会的取り組みの両面から、誹謗中傷対策を講じる必要があるでしょう。
今回は、現在検討されている侮辱罪の厳罰化について、現行法からの変更点や抑止効果などを解説します。
1.侮辱罪の厳罰化が政府・国会で検討中
侮辱罪の厳罰化は、ここ数年で急速に社会的な問題意識が高まった、インターネット上の誹謗中傷への対策が念頭に置かれています。
匿名掲示板などでの誹謗中傷は、インターネットが普及した2000年代以降、常にいたるところで発生していました。
それが近年になって、主にSNSの普及により、誰もが気軽にインターネット上に投稿を行えるようになったことに伴い、誹謗中傷の件数も飛躍的に増えました。
特に最近では、インターネット上の誹謗中傷に原因があると思われる有名人の自殺などがクローズアップされ、ネット誹謗中傷は大きな社会問題として認知されるに至りました。
他には学校現場でも、掲示板等に誹謗中傷が投稿され、精神的ダメージを受けた生徒が自殺するといった例も見られます。
インターネット上での誹謗中傷は、時に他人の命までも奪ってしまう加害行為であり、法的にもより厳しい制裁を科すことが求められていました。
こうした事情を背景として、誹謗中傷対策を目的とした一連の法改正が準備・検討されるに至ったのです。
2021年4月には、改正プロバイダ責任制限法が可決・成立し、誹謗中傷の投稿者を特定するための手続が使いやすくなりました(発信者情報開示命令)。
改正プロバイダ責任制限法は、2022年10月までに施行される予定となっています。
そして、誹謗中傷対策の次なる法改正として準備されているのが、侮辱罪の厳罰化です。
侮辱罪の厳罰化によって、インターネット上の誹謗中傷に対する抑止効果が期待されています。
2.侮辱罪の厳罰化による変更点
侮辱罪の厳罰化によって、現行刑法よりも法定刑が引き上げられます。
また、法定刑の引き上げに伴って、公訴時効の延長や、被疑者を逮捕できるケースが増えるといった影響も発生します。
(1) 法定刑の厳罰化
現行刑法では、侮辱罪の法定刑は「拘留または科料」とされています(刑法231条)。
<現行刑法の侮辱罪の法定刑>
拘留:1日以上30日未満の期間、刑事施設に拘置する刑事罰(刑法16条)
科料:1,000円以上1万円未満の金銭を納付させる刑事罰(刑法17条)
拘留・科料のいずれも、罰金よりも軽い刑事罰と位置付けられています(刑法9条、10条)。
侮辱罪の「拘留または科料」という法定刑は、刑法に規定されている犯罪の中でもっとも軽いものとなっています。
現在検討されている刑法改正案では、侮辱罪の法定刑に「1年以下の懲役もしくは禁錮または30万円以下の罰金」を付け加える変更が盛り込まれました。
懲役刑・禁錮刑が選択できるようになるほか、金銭的な刑事罰も「1万円未満」から「30万円以下」へと引き上げられるため、抑止力アップが期待されています。
(2) 公訴時効期間の延長
法定刑の引き上げに伴い、侮辱罪の公訴時効期間も延長される見込みです。
「公訴時効」とは、犯罪終了時から一定期間が経過すると、検察官による公訴提起(起訴)ができなくなる制度です(刑事訴訟法250条)。
公訴時効制度が設けられている理由として、犯罪から長期間が経つと証拠が散逸してしまうことや、社会的な処罰感情が減退することなどが挙げられます。
公訴時効期間は、法定刑に応じて犯罪ごとに決まります。
現行刑法では、法定刑が「拘留または科料」とされている侮辱罪の公訴時効期間は「1年」です(同条2項7号)。
これに対して、刑法改正案に従って侮辱罪の法定刑に「1年以下の懲役もしくは禁錮または30万円以下の罰金」が付け加えられた場合、公訴時効期間は「3年」に延長されます(同項6号)。
公訴時効期間の延長により、誹謗中傷の投稿がなされてからある程度時間が経っていても、侮辱罪による公訴提起が可能となる効果があります。
(3) 被疑者を逮捕できるケースが増える
侮辱罪の厳罰化により、被疑者を逮捕できるケースも増えます。
刑事訴訟法199条1項但し書きでは、「30万円以下の罰金、拘留または科料に当たる罪」については、被疑者を逮捕できるのは、住居不定または正当な理由なく出頭の求めに応じない場合に限ると定めています。
現行刑法上、侮辱罪の法定刑は「拘留または科料」とされているので、住居不定または正当な理由なく出頭の求めに応じない場合のいずれかに該当しなければ、侮辱罪で被疑者を逮捕することはできません。
一方、刑法改正案に従って侮辱罪の法定刑に「1年以下の懲役もしくは禁錮または30万円以下の罰金」が付け加えられた場合、懲役刑と禁錮刑が追加されることに伴い、上記の逮捕要件の制限は適用されなくなります。
その結果、一般的な犯罪と同様に、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由と、逮捕の必要性が認められれば、被疑者を侮辱罪で逮捕できるようになります。
3.侮辱罪以外は据え置き
今回の法改正によって厳罰化が予定されているのは侮辱罪のみで、それ以外の誹謗中傷に対する法的なペナルティについては、変更がなく据え置きとなる予定です。
侮辱罪以外に、誹謗中傷の加害者に科される法的なペナルティとしては、「名誉毀損罪」と「民法上の不法行為」が挙げられます。
(1) 名誉毀損罪
名誉毀損罪は、事実を摘示して他人の名誉を害するような言動を公然と行った者に成立する犯罪です(刑法230条1項)。
事実を摘示せずに他人を侮辱する侮辱罪と比較すると、名誉毀損罪の方が、一般的に名誉に対する侵害の程度は大きいと考えられます。
そのため、名誉毀損罪の法定刑は、侮辱罪よりも重い「3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金」とされています。
今回の刑法改正案では、名誉毀損罪に関する要件・法定刑などの改正は予定されていません。
[参考記事] 名誉毀損で慰謝料請求したい|請求の要件・金額の相場(2) 民法上の不法行為(損害賠償・名誉回復措置)
誹謗中傷の加害者(投稿者)には、被害者に対する「不法行為」(民法709条)が成立します。
故意または過失により、他人に対して違法に損害を与えた場合には不法行為が成立し、加害者は被害者に対して損害賠償義務を負います。
誹謗中傷により、被害者に対して精神的なダメージを与える行為は、まさに上記の不法行為の要件に該当します。
また、不法行為が名誉毀損に当たる場合、被害者は裁判所に対して、自身の名誉を回復するのに適当な処分を命ずることを請求できます(民法723条)。
名誉回復措置の例としては、謝罪広告の掲載などが挙げられます。
不法行為責任については民法にルールが規定されているため、今回の刑法改正案による変更は予定されていません。
4.侮辱罪厳罰化の効果の予想
侮辱罪の厳罰化により、インターネット上の誹謗中傷の投稿に対する一定の抑止効果が期待されていますが、残念ながら、効果は限定的であると考えられます。
誹謗中傷の投稿は、日々無数に行われており、そのすべてを捜査機関が取り締まることは不可能です。
そのため、侮辱罪が厳罰化されたとしても、「どうせ捕まらないだろう」という思考の下、引き続き誹謗中傷を投稿する人が絶えないことが予想されます。
しかしその一方で、インターネット上での誹謗中傷に対する社会的な批判の声は高まっており、一部では加害者に対して損害賠償請求訴訟を提起する例も見られるようになっています。
侮辱罪の厳罰化だけでなく、それ以外にも法的・社会的な観点からの批判・非難を強めていけば、誹謗中傷被害を少なくしていくことに繋がるでしょう。
5.インターネット上の誹謗中傷被害は弁護士にご相談を
もしインターネット上で誹謗中傷の被害を受けた場合には、加害者の刑事告訴と併せて、精神的な損害を回復するための損害賠償請求等もご検討ください。
弁護士にご依頼いただければ、誹謗中傷の匿名投稿者の特定から、示談交渉や訴訟手続まで、損害賠償請求等に必要な手続を一括して行います。
インターネット上の誹謗中傷被害にお悩みの方は、お早めに弁護士までご相談ください。