インターネット上に誹謗中傷を書き込んだ人間を特定する手続として、いわゆるプロバイダ責任制限法は「発信者情報開示請求」を定めています。
ここでは、発信者情報開示請求の流れや必要期間、費用や注意点など、全体的なポイントについて説明します。
1.発信者情報開示請求とは
プロバイダ責任制限法(正式名称「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」)4条1項は、「発信者情報」の開示を認めています。
発信者情報とは、総務省の省令に定められた「発信者の特定に資する情報」です。
- 氏名・住所・電話番号・メールアドレスなど、投稿者に直接関連する情報
- IPアドレス・タイムスタンプなど、投稿者を追跡する手掛かりとなる情報
のいずれかを、請求相手・手続の流れに応じて開示請求することになります(2022年現在)。
開示条件としては、投稿をURL等で特定できる(投稿内容が証拠として保存されている)ことはもちろん、「権利侵害の明白性」が重要です。
「投稿により、名誉権など法的な権利が侵害されたことを説得的に説明できるか」が、開示請求が認められるために大切となるのです。
なお、開示請求できる対象は不特定に送信される投稿に限られます。
メールやダイレクトメッセージ、苦情フォームから送信された投稿については開示請求できないことにご注意ください。
2.開示請求手続の流れ
発信者情報開示請求は、サイト所定のメールや請求フォームからの請求や、発信者情報開示請求書による任意請求ができるケースがあります。
もっとも、通信の秘密に抵触するリスクを回避しようとするサイトが多く、上記のような任意の開示が受けられないケースの方が多いので、その分裁判所を使う傾向は強くなります。
手続の細かい流れはケースバイケースです。
以下では、誹謗中傷が投稿されたサイトの管理者が投稿者の個人情報を把握している「実名登録型サイト」かどうかで大別していきます。
(1) 実名登録型サイト
Amazonなどのネットショッピングサイトでは、レビューの投稿者は、商品配送のために氏名・住所などをサイト管理者に登録しています。
そこで、レビュー等で誹謗中傷が行われた際には、サイト管理者に対して登録された個人情報の開示を直接請求できます。
しかし、発信者情報開示請求書で請求しても、投稿者の同意がない限りまず開示されません。投稿者が同意をするケースはほぼないでしょうから、訴訟で開示請求することになります。
裁判の期間は半年弱程度です。普通の民事訴訟よりは短期間で済むでしょう。
発信者情報が開示されたら、投稿者に対して通常の損害賠償請求訴訟を提起することになります。
※訴訟よりも簡単な手続である「仮処分」は利用できません。削除請求とは違い、投稿者の氏名住所はすぐ消去されませんし、通信の秘密等を守るため慎重な手続が求められるためです。
(2) 匿名型サイト
匿名で書き込みができるサイトの管理者は、投稿者の氏名住所などを把握していません。
そこで、サイト管理者に「その投稿が、いつ・どこからされたのか」を開示請求したうえで、さらに通信会社に、投稿に用いられた通信契約の契約者情報、つまり投稿者の住所氏名などの開示を求めます。
①IPアドレス等開示請求(仮処分)
まず、サイト管理者に対して「IPアドレス」と「タイムスタンプ」を開示するよう求めます。
IPアドレスとは、インターネット上における電子機器の住所のようなものです。たいていは時間とともにその番号が変わってしまうため、投稿時刻であるタイムスタンプも開示請求します。
発信者情報開示請求書等で開示するサイトもありますが、ほとんどの場合は裁判所に仮処分(迅速に請求を認める裁判所の手続)を申し立てます。
と言うのも、通信会社は短ければ3か月程度で通信記録(ログ)を消去してしまいます。
その前にIPアドレスとタイムスタンプを手に入れ、投稿に利用された通信会社を特定する必要があり、時間との勝負だからです。
②ログ保存請求
通信会社に対して、住所氏名等のログを保存するよう求めます。
任意請求に応じるケースが多いですが、個別に仮処分が必要となることもあります。
通信会社によっては顧客との間に別の会社(MVNOなど)が介在していて、住所・氏名等はMVNO(格安SIMを提供している事業者)が所有している場合もあります。
この場合はMVNOなどを特定したうえで改めてログ保存請求し、住所氏名等を開示請求します。
③住所氏名等開示請求(訴訟)
投稿者の住所氏名等を保有している接続プロバイダに対して住所氏名等開示請求を訴訟で行います。
実名登録型サイトのサイト管理者への訴訟と同様のものです。
匿名型サイトへの投稿者を特定するための期間としては、サイト管理者へのIPアドレス等開示請求を始めてから投稿者の住所氏名が開示されるまでの全体で、半年から9か月程度かかります。
なお、Twitterなどアカウント型のサイトでは、メールアドレス等をサイト管理者等に請求し、投稿者特定につなげられる可能性があります。
Yahoo!知恵袋は匿名サイトですが、オークションなどのために実名登録されていれば、実名登録型サイトと同じように開示請求できます。
3.開示請求の注意点
発信者情報開示請求は、削除請求よりも慎重な検討が必要となります。
投稿者を特定できないリスク・費用倒れとなるリスクが無視できないためです。
(1) 投稿者を特定できないリスク
ログ保存期間の経過
手続の流れでも触れましたが、投稿者が利用した接続プロバイダは短期間で通信記録、ログを消去してしまいます。
物理的にデータが抹消されるため、警察の捜索によっても投稿者は特定できなくなってしまうのです。
ログ保存請求をすべき接続プロバイダを特定するにはサイト管理者からIPアドレスとタイムスタンプの開示を受けなければいけませんが、サイト管理者によっては提供に数か月かかってしまうこともあります。
特に投稿されてから手続を始めるまでに期間が空いてしまうと、それだけでログ保存期間が経過してしまうリスクも生じます。
投稿者に登録解除をされる
実名登録サイトは、接続プロバイダではなくサイト管理者に請求するため、ログ保存の問題は生じません。
しかし、投稿者が登録を解除すると、サイト管理者も登録情報を消去してしまい、ログ消去と同様に投稿者を特定できなくなってしまうおそれがあります。SNSのアカウントを削除されてしまったケースも同様です。
施設などからの投稿
不特定多数の人間がインターネットを利用している施設、たとえばネット喫茶やホテル、大学、回線がひとまとめになっているマンションから投稿されたケースでは、発信者情報として開示される情報は回線を契約している施設であり、特定個人ではありません。
防犯カメラなどで特定できないかぎり、書き込んだ当人を特定できなくなってしまいます。
(2) 費用倒れとなるリスク
裁判所が認める慰謝料の相場は最大でも100万円ほどであり、発信者情報開示請求の費用など次第では費用倒れとなるおそれがあります。
(全額とは限りませんが、損害賠償請求の際に慰謝料とは別に発信者情報開示請求にかかった弁護士費用は投稿者に請求できます。)
また、仮処分が必要となった、ログ保存仮処分を行った、などで手続が積み重なると弁護士費用が増えていくおそれがあります。
そして、厳密には費用ではありませんが、用意しなければならない金銭として「供託金」があります。
仮処分の際に一時的に担保として提供します。最終的には全額返還されますが、原則仮処分手続には必須です。
目安としては10万円から30万円で、ログ消去禁止仮処分のために別途10万円から20万円が追加で必要となる可能性があります。
更に、投稿者を特定するにはいくつかの条件をクリアする必要があり、投稿からの期間、通信環境などによっては空振りとなってしまうリスクは、残念ながら念頭に置いておかなければいけません。
4.投稿者の特定も弁護士に相談を
発信者情報開示請求を弁護士に依頼するメリットは大きいです。
社会的に不適切と思える投稿でも、裁判所は権利侵害の明白性を認めないこともあり、リスク判断を事前に検討するためにも弁護士への相談は必須でしょう。
そもそも、発信者情報開示請求は仮処分や訴訟が積み重なる専門性の高い手続です。
発信者情報開示請求の弁護士費用を調査費用として投稿者に請求できるとされているのも、通常、弁護士に依頼しなければ投稿者を特定できないだろうと裁判所が判断しているためです。
どのようなサイトに請求するかにより手続の流れは異なり、開示を求める情報も変わります。
専門的な判断が求められる一方、通信記録が消去される前に投稿者と契約している通信会社を突き止めるスピードも求められます。
投稿者を突き止めたいと決心されたら、できる限りお早目に弁護士にご相談ください。