ネットで誹謗中傷した犯人(投稿者)を特定できる?
インターネット上で誹謗中傷を受けたとき、その相手に対して損害賠償請求等の措置をするには、まず投稿者を特定しなければなりません。
投稿者、つまり誹謗中傷を発信した「発信者」が誰なのかという情報の開示を求めることを「発信者情報開示請求」と言います。
発信者情報開示請求はいわゆるプロバイダ責任制限法に規定されており、サイト管理者や通信会社などのプロバイダに対して投稿者の特定につながる情報を開示するよう請求できます。
しかし、具体的な開示請求の方法はほとんど規定されていません。
実際のところ、インターネット通信では通信会社、サーバー管理者、サイト管理者など複数の事業者がつながっているため、開示請求の方法は具体的なケースによって大きく異なってきます。
請求する相手や内容、注意すべきポイントも、サイトの性質やサイト管理者の持つ情報などにより異なってくるため、柔軟な対応が求められます。
ここでは、主に匿名で利用できるサイト(以下「匿名サイト」といいます)への発信者情報開示請求について解説します。
1.投稿者特定の方法
投稿者の特定につながる情報を誰が持っているかによって、発信者情報開示請求手続の流れは大きく変わります。
例えば、アマゾンやヤフオクなどの通販サイトであれば、サイト管理者が利用者の実名や住所を把握しています。
よって、レビューなどで誹謗中傷が書き込まれた場合、サイト管理者に対して投稿者の住所・氏名等の開示を求めることができます。
また、匿名サイトであっても、アカウントにログインする際の2段階認証などのために電話番号やメールアドレスを保有しているならば、サイト管理者から開示を受けられる可能性があります。
しかしながら、多くの掲示板やSNSといった匿名サイトの管理者は、投稿者の個人情報を全く把握していないことがほとんどです。
それでも、サイトへの投稿が「いつ」「どこから」されたのかという情報は、サイト管理者が保管しています。
- 「いつ」「どこから」の投稿なのかという情報をサイト管理者に開示させ、投稿に利用された通信会社を特定する。
- その通信会社に投稿者の住所・氏名を開示させる。
この2段階型の請求方法が、匿名サイトにおける発信者情報開示請求の基本形となります。
それでは、ここからは匿名サイトにされた投稿に関する発信者情報開示請求について詳しく説明していきます。
2.匿名サイトにおける投稿者特定の流れ
匿名サイトの書き込みに関する発信者情報開示請求は、「サイト管理者へのIPアドレス等開示請求」と「通信会社への住所氏名開示請求」の、大きく2段階に分かれます。
(1) サイト管理者へのIPアドレス等開示請求
匿名サイトである以上、そのサイト管理者は投稿者の住所氏名など個人特定につながる情報を持っていない場合がほとんどです。
ですが、投稿がどの通信会社の回線を利用してなされたのか、いつなされたのかは記録しています。
そこで、匿名サイト管理者に対して、投稿の「IPアドレス」と「タイムスタンプ」などを開示するよう請求します。
IPアドレスとは、通信に利用された機器を識別する番号です。
これと、投稿日時を示すタイムスタンプなどの投稿に関する情報をサイト管理者に開示させ、それに基づき投稿者の住所氏名を通信会社から開示させます。
サイト管理者への開示請求は、メールや所定の発信者情報開示請求書による任意請求も可能ではありますが、開示に応じたことによって投稿者から責任を問われるおそれがあることから、サイト管理者はさほど応じてくれません。
そのため、裁判所に開示を命じてもらうため、仮処分という手続の利用が必要となるケースが多いです。
なお、サイト管理者がわからないとき、そのサイトが利用しているサーバーの管理者に対してIPアドレスやタイムスタンプなどを開示請求することもあります。
(2) 通信会社への住所氏名開示請求
サイト管理者からIPアドレスやタイムスタンプなどの開示を受けたら、次は通信会社に対して投稿者の住所氏名を開示するよう請求します。
開示されたIPアドレスが割り当てられている通信会社は、無料の専用検索サイトを利用すれば判明します(=IPアドレスから投稿に利用された通信会社を特定できます)。
なお、通信会社に住所氏名を開示するよう請求する前に、まず通信会社が保有しているログ(通信記録)の保存依頼をします。
というのも、ログをIPアドレスやタイムスタンプなどと照合することで投稿をした通信回線の利用者を特定するのですが、膨大な量の記録をいつまでも保存することはできないため、ログは3か月から1年程度で自動的に消去されてしまうからです。
ログが消去されてしまうと、投稿者特定は非常に困難になります。
特にドコモなどはわずか3か月程度しかログを保管していません。サイト管理者からIPアドレス等の開示を受けるために同程度の時間がかかってしまうことがあるため、せっかくIPアドレス等の開示を受けても、投稿者の住所氏名の開示を求めている間にログが消去されてしまうこともあります。
ログを保存してもらったら、通信会社に投稿者の住所氏名の開示請求をします。
なお、スマホなどモバイル端末では「MVNO」の調査などの手続がさらに必要となる場合もあります。
【MVNOの調査】
MVNOとは、自社で通信インフラを所有せず、他の通信会社(MNO)から借りたインフラを利用して無線通信事業を行っている事業者です。投稿者と契約し、住所氏名などの個人情報を保有しているのはMVNOですので、最終的な発信者情報開示請求もMVNOに対して行うことになります。しかし、サイト管理者が開示したIPアドレスから判明する通信会社は、MVNOに通信インフラを貸し出しているMNO、たとえばドコモやau、ソフトバンクなどです。MVNOにたどりつくためには、MNOに対してMVNOの開示請求などをする必要が生じます。判明したMVNOに対して、改めてログの保存を依頼したうえで投稿者の住所氏名の開示請求を行います。
IPアドレスの検索、ログ保存、場合によりMVNOの調査などを経て、投稿者の個人情報を保有している通信会社に対して住所氏名を開示するよう、訴訟手続で請求します。
損害賠償請求などの訴訟手続に比べれば、短期間で判決がでます。
3.アカウント情報からたどる方法
2021年の改正前のプロバイダ責任制限法が適用されるケースでは、これまでにご説明したIPアドレスからたどる方法では、TwitterやGoogleなどへの開示請求が認められない場合もあります。
【プロバイダ責任制限法の法改正について】
プロバイダ責任制限法の改正により、ログイン時IPアドレスも開示請求の対象となりました。
活用可能となるのは2022年以降です。具体的な運用は不明確なため、ここでは簡単な紹介にとどめます。
アカウントにログインして投稿するタイプのサイトは、投稿が発信された時のIPアドレス(投稿時IPアドレス)を保存しておらず、アカウントにログインしたときのIPアドレス(ログイン時IPアドレス)しか開示しないことが多いです。
改正前のプロバイダ責任制限法の規定上は、誹謗中傷の投稿時IPアドレスを用いることになっていますので、投稿直前にログインしているなど「ログインと投稿を同一視できるケース」以外では、ログイン時IPアドレスを用いた開示請求は認められにくくなってしまっています。
このようなログイン型のサイトに対しては、アカウントに登録されている電話番号やメールアドレスから投稿者を特定する方法も検討に入ります。
アカウントに個人情報が登録されていることが前提であり、時間もかかってしまいますが、これはログが消去されてしまっていたときなど、IPアドレス経由での開示請求が困難になってしまったときにも活用できます。
注意点としては、IPアドレスを開示するようサイト管理者に請求するときに、同時に、電話番号などのアカウント情報を消去しないように仮処分を申し立てておきます。
アカウントが消去されてしまうと短期間でアカウント情報も抹消されてしまうことがあるからです。
【開示訴訟にかかる期間】
IPアドレスからでは投稿者を特定できないと判明したら、アカウント情報の開示請求訴訟に手続を切り替えます。
ここで問題となるのが手続にかかる時間です。海外のサイト管理者相手の裁判だと1年程度かかることもありえます。
時間を短縮するために、日本の裁判所ではなく、Twitterなどの本社があるアメリカの裁判所を利用することも考えられます。アメリカには「ディスカバリ」という制度があり、うまくいけば数ヶ月で電話番号などを開示させることができます。
もっとも、この手続を利用するためには米国弁護士への依頼が必要なことに加え、Twitterなどはディスカバリ手続の中でも開示に抵抗するため、最終的には日本の裁判所を利用した場合と同じくらいの期間がかかってしまうケースもあります。したがって、アメリカの裁判所のついては慎重にご検討ください。
4.まとめ
発信者情報開示請求は、状況によっては仮処分や訴訟といった裁判手続を選択しなければならず、請求の対象となる相手方を手続の進行に応じて次々と変えていかなければならないこともあるため、専門性が非常に高くなっています。できるかぎり弁護士への依頼を検討したほうが良いでしょう。
ここまで説明した大まかな流れは、弁護士との相談で、開示請求の実現可能性やスケジュール感を把握するために役立てていただければと思います。
[参考記事] ネット誹謗中傷に強い弁護士の選び方と特徴