ネット誹謗中傷は、名誉毀損罪・侮辱罪・威力業務妨害罪・偽計業務妨害罪・信用毀損罪などの犯罪にもなることがあります。
誹謗中傷を刑事事件としても、投稿者が逮捕されることや刑務所に入所することはほとんどないでしょう。それでも、警察・検察の捜査対象となるプレッシャーは損害賠償請求とは異なります。
また、投稿者を発信者情報開示請求では突き止められなかったときでも、警察の捜索により投稿者を特定できることもあります。
1.刑事告訴をする意味
(1) 警察の捜査によるプレッシャーと再発防止
投稿者に対して警察が捜査を開始したとしても、逮捕されることはほぼないでしょう。
というのも、「逮捕」は捜査のために逃亡・証拠隠滅を防止するための手続であり、必ずされるものではないのです。
もっとも、投稿者の自宅を捜索し、パソコンなどを差し押さえることはありますし、少なくとも投稿者本人と疑われる人間への事情聴取は行われます。
なお、その内容にもよるでしょうが、ネット誹謗中傷で実際に起訴され刑罰を受けることは珍しいようです。
検察に事件が送られても(いわゆる書類送検)、たいていは起訴までは要しないとして、起訴猶予を理由とする不起訴処分となります。
起訴され刑罰を受けるとしても罰金刑がほとんどであり、投稿者を刑務所に入れてしまいたいというような被害者の方のご希望には添えません。
それでも、一連の捜査による投稿者へのプレッシャーは無視できないでしょう。
損害賠償請求はあくまでお金だけの話です。和解条項で再発防止を約束することも考えられますが、守られるとは限りません。
刑事事件化することで、事実上の社会的な制裁を投稿者に加え、「また誹謗中傷を行えば今度は起訴されてしまうかもしれない」と思わせることで、より確かな再発防止の効果を得られます。
(2) 警察による投稿者の特定
サイト管理者から手に入れたIPアドレスなどを警察に伝えることで、発信者情報開示請求では特定できないであろう投稿者を特定できる可能性があります。
いわゆるプロバイダ責任制限法の発信者情報開示請求は、開示対象となる投稿や開示される情報が限定されてしまっています。通信の秘密との兼ね合いがあるためです。
一方、裁判所から捜索差押令状による許可がされている警察の捜査であれば、犯罪捜査のために必要かつ相当な範囲でより広い範囲の情報を調査できます。
さすがに、保存期間を経過し物理的に抹消されてしまった通信記録を復活させることは警察でも不可能です。それでも、プロバイダ責任制限法の限界を超えて投稿者を特定できる可能性があることには、警察に協力を仰ぐ意義があります。
(3) 民事とは別の有用な対応となる
削除請求や発信者情報開示請求、損害賠償請求などは民事事件に当たります。
これに対し、犯罪に関する刑事事件とでは、多少その成立範囲が異なります。
特に、民事上対処が難しい営業権侵害では、業務妨害罪を用いた刑事事件としての対応が有用です。
民事上では、営業権は範囲があいまいで、権利の主張が難しいものです。
また、人格権ではないため削除請求ができません。
一方で刑法上は、偽計業務妨害罪(刑法233条)、威力業務妨害罪(刑法234条)といった業務妨害の罪を活用することでより有効な対処ができます。
犯罪予告などに対しては、一刻も早く警察を動かし対応するために重要でしょう。
なお、不正競争防止法違反が認められれば、同法21条、22条が定める刑事罰も適用できます。
著作権法などのほかの知的財産権侵害についても同様です。
刑法231条が定める侮辱罪は、事実を適示せずに他人の社会的評価を低下させることで成立します。これに対して、民事上の侮辱は名誉感情侵害であり、他人の主観的な感情・プライドを社会通念上許される限度を超えるほど害することで違法となるものです。
ですから、ある投稿が侮辱に当たるとして削除請求や発信者情報開示請求、損害賠償請求が認められたとしても、同様に侮辱罪になるとは限りません。
もっとも、実際には名誉感情が侵害されるほどひどい言葉により、同時に社会的評価が低下しているといえるときもあるでしょう。事実を適示しているといえれば民事上・刑事上の名誉毀損が成立する可能性も高まります。
誰のことを中傷しているとわかるかどうかなど具体的な事情にもよりますので、一連の事情や前後の文脈がわかるようにして弁護士にご相談ください。
なお、ネット誹謗中傷は、以下のような刑事犯罪になり得ます。
- 名誉毀損罪(刑法230条1項):3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金
- 侮辱罪(刑法231条):拘留又は科料
- 威力業務妨害罪・偽計業務妨害罪(刑法234条、233条):3年以下の懲役又は50万円以下の罰金
- 信用毀損罪(刑法233条後段):3年以下の懲役又は50万円以下の罰金
2.告訴の期間制限
犯罪の中には、告訴がなければ公訴を提起することができないとされる「親告罪」があります。
たとえば、名誉毀損罪や侮辱罪などは、刑法232条1項により親告罪とされています。
親告罪の最大の注意点は、告訴に期間制限があることです。
刑事訴訟法235条は「親告罪の告訴は、犯人を知った日から六箇月を経過したときは、これをすることができない。」とし、半年間の期間制限を定めています。
インターネットの誹謗中傷では、投稿を発見した時点は「犯人を知った日」とはなりません。誰が投稿者かわからないからです。
「犯人を知った」とは、投稿者の現実の住所氏名を知ること、たとえば発信者情報開示請求で投稿者の住所氏名が開示されたことが該当します。
すなわち、投稿者の住所氏名開示から6か月経過してしまうと、告訴ができなくなり、ひいては投稿者に有罪判決が下される道が途絶えてしまいます。
投稿を発見した時点ですぐに告訴してしまえばいいとも思えますが、警察はネットの誹謗中傷問題に対して消極的なため、サイト管理者へのIPアドレス開示請求などの手続を先行させることもあります。
開示請求はスピードが求められるため、警察への告訴を忘れないように気を付けてください。
「被害届」は、何らかの犯罪によって被害を受けたことを捜査機関に申告する書面です。「告訴」とは、被害者などが、犯罪事実を捜査機関に申告し、犯人の処罰を求める意思表示であり、「告訴状」は、告訴の意思表示を記載した書類です。
捜査機関に犯罪被害を伝えるだけの「被害届」と異なり、「告訴」は、犯人の処罰まで要求する行為です。「親告罪」である名誉毀損罪や侮辱罪などに関しては、告訴状の提出が被疑者の刑事処分を決定的に左右する重大な意味を持ちます。また親告罪に限らず、告訴状を警察が正式受理すると、速やかに事件を検察官に送付しなければならず(刑訴法242条、犯罪捜査規範67条)、検察官は起訴・不起訴の判断結果を被害者に告知する義務も発生します(刑訴法260条)。
犯罪被害に遭い、必ず捜査を行って欲しいと強く考えるならば、被害届にとどめるのではなく、必ず告訴を行うべきです。
3.刑事告訴も弁護士に相談がお勧め
警察は、ネットの誹謗中傷に対して非常に消極的な態度を取ることが多く、告訴を受け付けようとしないことすらあります。
また、管轄の警察署に行かなければ、所轄違いだとしてたらい回しにされてしまうでしょう。
もし、民事上の損害賠償などだけでなく刑事上の対応も求めるなら、弁護士に依頼して、法的に犯罪に該当すると警察を説得しましょう。
発信者情報開示請求を途中まで進め取得したIPアドレスなどの情報を渡すことで、警察が重い腰を上げやすくなります。
発信者情報開示請求は、迅速かつ専門的な処理を要するものです。警察との連携を図るためにも、当初から弁護士の助言を受けることをお勧めします。