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発信者情報開示請求・命令の調査費用は相手方に請求できる?

損害賠償請求をするには相手の住所や氏名が必要です。

投稿者の個人情報は、サイト管理者や通信会社に対して発信者情報開示請求をすることで判明します。
そのため、発信者情報開示請求は損害賠償請求の前提となることがほとんどです。

この発信者情報開示請求にかかる弁護士費用は、「調査費用」と呼ばれます。
調査費用は数十万円もの高額となるため赤字リスクの原因となる一方、通常の弁護士費用と異なり全額を請求できる可能性があります。

ここでは、発信者情報開示請求に掛かる費用、調査費用について説明します。

1.調査費用とは?

匿名性はインターネットの最大の特徴の一つです。掲示板ではID程度しかわかりませんし、SNSでも本名ではなくアカウント名を使う人がほとんどでしょう。誹謗中傷をしてくるような人間であればなおさらです。

しかし、損害賠償請求をするには、請求書や訴状を送付する宛先がわからないといけません。
裁判になっても、裁判所が判決で慰謝料を支払うよう命じる相手を特定する必要があります。

相手の実名や住所を調べるには、いわゆるプロバイダ責任制限法が定める発信者情報開示請求をする必要があります。
この発信者情報開示請求を弁護士に依頼した際に弁護士に支払った報酬(弁護士費用)が「調査費用」です。

[参考記事] ネット誹謗中傷で損害賠償請求できる「調査費用」とは?

2.調査費用の問題点

誹謗中傷への損害賠償請求においては、調査費用の負担が大きなハードルの1つとなってきました。
損害賠償請求より前の段階で出費を強いられるために、手続をためらってしまう方が多く、また、損害賠償請求が認められても調査費用を含めば赤字になってしまうリスクもあります。

プロバイダ責任制限法の改正法が2022年10月1日から施行され、発信者情報開示命令により誹謗中傷の相手方を特定しやすくなりました。

[参考記事] プロバイダ責任制限法改正前後の発信者情報開示請求の違い

しかし、以下のような問題点も残っています。

  • 削除請求や損害賠償請求は別の手続きとなり、開示請求とは別に行う必要がある
  • 保存依頼よりも先に通信記録(ログ)の保存期間切れとなりログが削除されている可能性がある
  • 投稿による権利侵害が認められなければ開示命令はできない
  • サイト管理者や通信事業者がユーザーの匿名性を守るために抵抗してくる可能性がある
  • ネットカフェなど不特定多数が利用する回線からの投稿は特定に失敗するリスクがある

手続の難しさや緊急性・手続の数により、調査費用はどうしても高額化してしまうため、弁護士としても調査費用を安く抑えることは難しいのが現状です。

3.調査費用の相手方への請求について

経済的な損害が生じていて、その損害は相手の書き込みが原因である。
ならば、その損害は賠償請求できるはずだというのは普通の考えです。

損害賠償金としては、精神的損害を埋め合わせる「慰謝料」が中心でした。
誹謗中傷のせいで、名誉やプライバシー権などを侵害された被害者に精神的な負担が生じるため、これを慰謝料として請求しているのです。

[参考記事] ネット誹謗中傷で投稿者に請求できる損害賠償金の種類

一方、調査費用もトラブルの原因となった書き込みがなければ生じなかったはずの出費です。
匿名の相手を特定する手間をかける羽目になったのは、あくまでも被害者ではなく加害者のせいでしょう。よって、調査費用の損害賠償請求がされるようになったのです。

【慰謝料の低さを補うためという側面もある】
調査費用の請求は、低すぎる慰謝料の補填という側面も持っています。
慰謝料がいくらになるかは裁判所の判断で決まりますが、困ったことにその相場はかなり低く、最高でも100万円、低ければ10万円未満になることすらあります。そのままでは、調査費用のほうが慰謝料よりも高くなり赤字となることは珍しくありません。中傷してきた相手への抑止力としても心もとない金額です。
調査費用が請求できると損害として認められれば、赤字リスクを軽減できるのみならず、相手へのプレッシャーにもなり、誹謗中傷対策の実効性も上がります。

裁判所は通常、実際に弁護士に支払った金額のうち、ごく一部しか損害として認めません。
調査費用について、その全額を賠償させてよいのか、裁判所の判断は揺れ動いてきました。

(1) 調査費用の賠償を認めなかった判決

相手が損害を引き起こすようなことをしたせいで弁護士に損害賠償請求を依頼したのだから、弁護士費用の全額を請求できるようにも思えます。

しかし、弁護士費用のうち請求できる金額は「慰謝料などの損害額の1割」までというのが、裁判所の原則的な判断でした。
発信者情報開示請求とは別に、損害賠償請求訴訟自体にかかった弁護士費用も、慰謝料額の1割しか損害として認められないことがほとんどです。

弁護士への依頼は、損害賠償請求するために絶対に必要ではありません。
そのため、裁判所は弁護士費用の負担を全て加害者側に負わせるのは、やりすぎだと考えているのです。

発信者情報開示請求も、損害賠償請求と同じく弁護士に依頼することは法律上の条件となっていません。
よって、上記の理屈は調査費用にも当てはまるのです。

実際、東京高等裁判所が平成31年3月28日に下した判決で請求が認められた調査費用は、その1割だけでした。

(2) 調査費用の賠償を認めた判決

上記のような判決もありますが、現在の大きな流れとしては、裁判所は調査費用のうち全額もしくは全額に迫る金額を賠償できる損害として認める傾向が固まりつつあります。

発信者情報開示請求は専門性が高く、事実上、弁護士に依頼しなければならない手続となっていることが理由です。

投稿者特定までの手続の流れでは、実務的な法律知識・経験が求められる複数の手続を適切に処理する必要があります。
さらに、投稿者特定は時間との勝負です。通信会社は投稿者特定に不可欠となる通信記録を3ヵ月~1年程度で自動的に消去してしまうため、上記の専門的手続を短期間のうちに素早く行わなければなりません。

被害者本人だけで投稿者を特定することが困難であり弁護士への依頼がほぼ必須であれば、調査費用は損害賠償請求をするために避けられない負担だといいやすくなります。

このような理由付けで、東京高等裁判所は平成24年6月28日や平成27年5月27日では、調査費用の全額請求を認めました。
上記平成31年判決のようなブレはあったものの、令和3年5月26日判決でも調査費用の全額を損害として認めるようになっています。

4.調査費用が請求できる条件

発信者情報開示請求で相手を特定できたとしても、調査費用を請求できるかは別問題です。

損害賠償請求で投稿の違法性が認められなければ、慰謝料だけでなく調査費用も支払われません。

対象者の問題にも注意しましょう。
特定に失敗した調査費用も含めて、判明した投稿者に支払わせることは困難です。

(1) 損害賠償請求が認められること

調査費用は慰謝料などと同じように損害賠償請求の「損害」の1つですから、損害賠償請求が一切認められないのであれば、調査費用の支払いもありません。

損害賠償請求が認められるには、投稿について
・権利侵害
・違法性
・損害の発生
・権利侵害と損害の間の因果関係
などが認定されることが必要です。

裁判所は発信者情報開示請求で違法だとした投稿について、損害賠償請求では違法ではないと判断することがあります。
発信者情報開示請求で投稿の違法性が認められても、決して油断しないようにしましょう。

(2) 因果関係があること

違法性と並んで問題となる条件が「因果関係」です。

投稿者の特定に失敗した投稿に費やした調査費用は、特定できた相手による投稿が原因で生じた出費とは言えません。
結局、特定失敗した分の調査費用は持ち出しになります。

いわゆる「炎上」のケースでは、多数の投稿者が誹謗中傷に参加しています。
手当たり次第に発信者情報開示請求をしてしまうと、特定できなかった投稿に掛かった調査費用が膨らみ、赤字リスクへとつながります。

法律相談の際には、怒りを抑えて冷静に、開示請求する投稿を絞り込みましょう。

投稿者特定に成功した投稿と失敗した投稿を区別できるようにするための資料作りも大切です。

弁護士は、契約書や請求書・領収証で、投稿の内容やURL・その投稿について掛かった費用
などの対応関係を細かく記載するはずですから、手間がかかっても内容の確認をしておきましょう。

[参考記事] ネット誹謗中傷の犯人に損害賠償請求するための条件

5.まとめ

調査費用は、その負担の大きさからインターネットの誹謗中傷に対する損害賠償請求では大きなハードルとなってきました。
しかし、最近ではその高度な専門性もあり、損害賠償請求が認められる傾向にあります。

もっとも、そもそも損害賠償請求が認められなければいけませんし、調査費用の全てを必ず回収できるとは限りません。

回収額を増やすには、手続の対象とする投稿をできる限り悪質なものに限定することが重要です。

調査費用はネットトラブルに巻き込まれた方に取りシビアな問題ですので、弁護士も重要な説明事項として丁寧に説明するでしょう。
その説明を踏まえ、開示請求・損害賠償請求をご依頼ください。

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