プロバイダ責任制限法改正でネット誹謗中傷犯人を特定しやすくなる!
改正されたプロバイダ責任制限法(以下「改正プロ責法」と略します)は、2022年10月1日に施行されました。
改正プロ責法が目指す最大の目標は、開示失敗リスクの低減です。
(他の改正目的として手続の迅速化・被害者の負担軽減なども挙げられますが、これらは投稿者を明らかにする確率を高めるための手段でもあります。)
ここでは、プロ責法改正でネット誹謗中傷の相手を特定しやすくなる理由について解説します。
1.改正前に特定に失敗していた原因
以前からプロバイダ責任制限法により、匿名でネットに誹謗中傷を書き込んだ相手の住所氏名を明らかにすることは認められていました。
しかし、法律で出来るとされていても現実は別です。
実際には、開示請求に必要なデータが消去され投稿者を追跡できなくなってしまうケースが後を絶ちませんでした。
また、法律自体もインターネットの著しい発展についていけず、SNSなど新しいタイプのサイトでの投稿に開示請求することが、条文からすると認められないと判断されてしまうケースも目立ち始めたのです。
(1) ログ保存期間切れ
「ログ」とは、通信事業者が保管している通信記録です。
サイト管理者から開示を受けたIPアドレスなどと照合することで、通信事業者とネット回線を契約している投稿者が割り出せます。
開示請求で不可欠となるログですが、大量の情報を保存し続けると通信事業者にとっても負担になるため、短期間で消されてしまいます。
消去後に通信事業者に住所氏名を開示するよう請求しても、消去済みと回答されるだけなのです。
特にドコモなどモバイルキャリアは、わずか3か月でログを消去してしまいます。
IPアドレスの開示まで3ヵ月近くかかるサイトもありますので、投稿直後に動かなければ間に合わない可能性もありました。
そのため、開示手続まで時間が空いてしまったケース・開示まで期間がかかるサイトに投稿されたケース・ログ保存期間が短い通信事業者だと判明したケースでは、開示請求を諦めるしかないことも多かったのです。
開示請求できる可能性があっても、わずかな期間のうちに、サイト管理者へのIPアドレス開示請求から通信事業者の調査、通信事業者へのログ保存依頼などを大慌てでこなさなければいけません。
それぞれの手続が連携していなかったこともあり、負担は重くなっていました。
(2) アカウント型サイトのログイン時IPアドレス
さらに、ログが保存されているうちに通信事業者にたどりついたとしても、裁判所が住所氏名の開示請求を認めないケースが目立ち始めました。
SNSなどアカウント型サイトでの投稿における「ログイン時IPアドレス」問題です。
ログイン時IPアドレスとは、SNSなどアカウント型サイトでIDやパスワードなどを送信してログインした時のIPアドレスです。
アカウント型サイトの多くは、ログイン時IPアドレスだけを保存しています。個別の投稿がされた時のIPアドレスは記録が無く、開示されません。
改正前のプロバイダ責任制限法は、アカウント型サイトを想定していませんでした。あくまで被害を直接に引き起こした投稿自体のデータをもとに開示請求をする建前になっていたのです。
アカウントにログインした人間がそのアカウントの投稿もしたのだろう、と推測はできますが確実ではありません。
ログインが投稿直前だったケースなどを除いて、ログイン時IPアドレスによる住所氏名開示請求を認めない流れが強くなっていました。
現在、特に誹謗中傷が問題視されているTwitterやGoogleのクチコミなどはアカウント型サイトです。
このままでは、発信者情報開示請求の実効性が揺らぐ事態になりかねませんでした。
2.改正による開示請求の改善点
2022年10月1日に施行された改正プロ責法は、開示請求手続を簡略化した手続にまとめました。
ログイン時IPアドレスに基づく住所氏名開示請求についても条文で明確に定めたので、TwitterなどのSNS、ログイン型サイトに開示請求できる可能性も高くなりました。
(1) 発信者情報開示命令の創設
改正プロ責法8条は、開示請求手続の手段として、新たに「発信者情報開示命令」を創設しました。
発信者情報開示命令は、非訟事件手続を利用します。
非訟事件手続は権利確定を目的としないため、仮処分や裁判よりも早く柔軟な処理が期待できます。
発信者情報開示命令に付随して、手続を一本化するため提供命令・消去禁止命令が設けられました。
提供命令は、裁判所がサイト管理者に対して、被害者へ通信事業者がどこか教えるよう命令できるものです。
IPアドレスなどを通信事業者に提供するよう命じることもできます。
これまで被害者側の負担になっていた処理が、投稿データを持つサイト管理者に肩代わりされているのです。
消去禁止命令は、これまで被害者が通信事業者に個別に連絡、あるいは仮処分していたログ保存作業を、裁判所の命令で処理するものです。
[参考記事] 改正プロ責法の新制度|発信者情報開示命令・提供命令・消去禁止命令しかも、10条7項によりサイト管理者への請求と通信事業者への請求は管轄裁判所が同じになります。これまでサイト管理者と通信事業者の住所が違うと異なる地域の裁判所で手続をしなければならなかったところ、同じ地域の裁判所で二つの請求を行えます。
非訟事件手続法に基づいて請求を併合できれば、審理する裁判官も同じにできるでしょう。
手続の迅速化と簡略化、そして被害者側の処理負担軽減により、ログが消去される前に通信会社にログの保存を求められるよう、スピードアップが図られているのです。
(2) SNSに関する侵害関連通信
ログイン(及びログアウト)のために行われたIDやパスワードの送信は、改正プロ責法5条3項により「侵害関連通信」として発信者情報開示請求に組み込まれました。
誹謗中傷を内容とする投稿「侵害情報(2条5号)」の代わりに、ログインやログアウトを侵害情報に「関連する」ものと扱っているのです。
5条は誹謗中傷の被害者が投稿者をつきとめるための権利、発信者情報開示請求権の条件や内容を定める条文です。
ですから、新制度である発信者情報開示命令によっても、従来の仮処分や裁判によっても、通信事業者に対して投稿者の個人情報を開示請求できます。
被害の多さ・大きさにもかかわらず特定不可能となるリスクを無視できなかったSNSですが、改正プロ責法により投稿者の住所氏名開示が認められやすくなったといえるでしょう。
3.改正後も残る失敗リスク
改正されたプロバイダ責任制限法によっても、発信者情報開示請求が空振りに終わってしまうリスクはなくなりません。
誹謗中傷を見つけたら出来る限り早く動くことが重要であり、請求自体が成功しても投稿者本人が分からないケースがあることにご注意ください。
(1) 権利侵害が認められない
5条が定める開示請求権が認められるための条件として、名誉権やプライバシー権などの侵害は以前と同じく不可欠です。
非訟事件でも権利侵害が認められなければ発信者情報開示命令はできません。
プロ責法改正により権利侵害の基準や判断が緩くなったわけではありませんから、裁判所がどう判断するか予測する重要性は変わりません。
(2) ログの保存期間を過ぎてしまう
ログの保存期間は、大量のデータを保存し続けることはできない事情により生じている問題です。
法律で根本的解決はできませんし、改正プロ責法もログ保存期間の延長などの措置は講じていません。
投稿の発見が遅れたときやサイト管理者が抵抗したときは、発信者情報開示命令を用いてもログの消去に間に合わないリスクを完全に排除することはできないのです。
(3) ログインが投稿のあと
アカウント型サイトのログイン時IPアドレス問題に関しては、改正によりログイン・投稿の順番によっては請求ができないと明確にされてしまいました。
ログイン→投稿ならばよいのですが、投稿→ログインのときはログイン時IPアドレスなどを請求できません(改正プロ責法5条3項、総務省令5条1号)。
(4) ネットカフェなど不特定多数が利用する回線からの投稿
「ネカフェ」や公衆Wi-Fiなど、「契約者≠投稿者」であるときは、防犯カメラや顧客名簿から特定できない限り、発信者情報開示請求が成功したとしても投稿者を特定できません。
特に、投稿内容から屋外施設での投稿だと推測できるときは、リスクを織り込み済みで開示請求をすることになります。
[参考記事] 改正後の「発信者情報開示命令」の注意点・失敗リスク4.まとめ
今回のプロバイダ責任制限法の改正により、手続の迅速化によるログ保存期間問題への対処・ログイン時IPアドレスの規定によるアカウント型サイトへの適応がされ、誹謗中傷してきた相手を特定できる可能性は高くなるでしょう。
とはいえ、権利侵害が認められるかの判断は法律の専門知識が不可欠ですし、以前からの失敗リスクが完全になくなったわけでもありません。
被害を受けた方は、お早めに弁護士へご相談ください。