名誉毀損と名誉感情侵害の違い
インターネットで悪口を言われ、真っ先に思いつくのは「名誉毀損」でしょう。
投稿を削除したい、あるいは書き込んだ人間を特定して損害賠償請求したいと思ったとき、名誉毀損のような権利侵害の事実が必要となります。
しかし、名誉毀損が成立するには厳しい要件があるうえ、公共性ある事実を内容とした投稿には、(言論の自由を守るために)法的措置が取れなくなることもあります。
名誉毀損では対策が十分とれないかもしれないときに補完的な役割を果たすのが、「名誉感情侵害」です。
「名誉感情」とは、人が自身に対して持つ自己肯定感です。名誉感情侵害は、具体性のない侮辱的な誹謗中傷に対して削除請求・発信者情報開示請求をするための根拠となりえます。
ここでは、「名誉毀損」と「名誉感情侵害」について説明します。
1.「名誉」の意味
「名誉毀損」「名誉感情」には、どちらも「名誉」という単語が含まれますが、それぞれが示す意味内容は異なっています。守られている権利・利益の性質が違っているのです。
名誉毀損では「他人から見た自分の評価」が、名誉感情では「自分自身が感じている自分への評価」が問題となります。
名誉毀損の「名誉」は。客観的・外部的名誉です。あなたの人格が他人からどのような目で見られているのか、自分の外からの社会的な評価が問題となります。
不快感を抱いた、プライドを傷つけられただけでは名誉毀損になりません。
社会的評価の低下を生じさせることが名誉毀損の条件となります。
一方、名誉感情の「名誉」は、主観的・内部的名誉です。
人はみな、他人が自分に対して何をどう言おうと、「自分はこのような人間である」という自己イメージを持っています。そのような自尊心やプライドが傷つけられれば、他人からの評判に傷がついていなくても、名誉感情が侵害されたと言える可能性が生じます。
2.どのような投稿が名誉について問題になるのか
では、どのような投稿が、名誉毀損あるいは名誉感情侵害となるのでしょうか。
(1) 名誉毀損は具体性が必要
名誉毀損は事実の指摘、あるいは事実を下敷きにした感想によって引き起こされます。
社会的な評価は、現実に生じた事実に基づいているからです。
内容やその根拠付けが具体的であれば、名誉毀損とされやすくなります。
例えば、以下のような例が考えられます。
- 5年前に窃盗をしている
- 料理の中に虫が入っていた
- 病院で診察を受けたが誤診だった
もっとも、「誤診」のような、事実そのものではなく事実への評価と言えるような書き込みは、名誉毀損が成立しづらくなります。
また、名誉感情侵害との区別もあいまいとなってきます。
(2) 名誉感情侵害は抽象的でも可
事実がどうあれ、罵詈雑言を受ければ自尊心やプライドは傷つきます。
ですから、客観的な事実が含まれていない純然たる罵倒でも、名誉感情侵害となる可能性が生じてきます。
バカ、アホ、ブサイク、デブなどの言葉は、もはや「頭が悪い」「容姿が醜い」という言葉の意味すら薄くなり、ひたすら抽象的に相手の人格を攻撃するだけのものです。
つい口論で出てしまうこともあるでしょうが、過ぎれば名誉感情を侵害する違法なものとなる可能性があります。
(3) 名誉感情侵害は同定可能性が必要
投稿で言及されている人と現実のあなたが同じだと把握できる可能性を、「同定可能性」と言います。
同定可能性は、名誉毀損の成立条件の一つとなっています。
誹謗中傷を読んだ他人が、誰のことを指している悪口なのか分からなければ、周囲からの評判は下がらないからです。
なお、その判断は緩やかで、伏せ字やイニシャル、ハンドルネームや源氏名などを用いた書き込みでも、投稿内容や文脈、社会的な接点などから同定可能性が認められる可能性は十分にあります。
一方、同定可能性は、名誉感情侵害では必須条件とまではなりません。中傷された本人が自分の人格が攻撃されていると分かりさえすれば、感情的には傷つくからです。
しかし、この理屈だとインターネット上のあらゆる誹謗中傷を名誉感情侵害として訴えられることにもなりかねませんので、ある程度は権利侵害が生じているかの判断の参考となります。
3.法的措置を取るための条件(成立条件)
名誉毀損では、内容が公共的かつ本当のことであるならば法的措置が取れなくなります。言論の自由への配慮が必要だからです。
この「違法性阻却事由」制度は名誉感情侵害にはありません。名誉感情侵害では、投稿内容や書き込みぶりが極端にひどすぎるかどうかがポイントとなります。
(1) 名誉毀損の違法性阻却事由
正確には、名誉毀損の成立要件としては、すでに述べた社会的評価の低下と同定可能性が中心となります。
もっとも、実際に名誉毀損で訴えたときに注意しなければならないのは、違法性阻却事由と呼ばれる条件です。
違法性阻却事由が満たされたとき、相手の書き込みが名誉毀損であったとしても、法律には反しないとして削除や損害賠償を求められなくなってしまいます。
- 公共の利害に関する事柄であること
- もっぱら公共のためにされたこと
- 指摘された事実、あるいは評価の前提事実が本当であること
上記が主な違法性阻却事由です。
公共性はゆるやかに認められるため、よほど下劣な内容でない限り相手がウソをついていると言える資料が必要になります。
(2) 名誉感情侵害の成立条件
名誉感情侵害には違法性阻却事由はありません。
ただし、プライドが傷ついたとして裁判を乱発されては困りますから、名誉感情侵害となるかの判断は以下のような様々な事情を考慮します。
- 投稿内容
- 前後の文脈や投稿に至る経緯
- 投稿方法(回数や頻度、期間、投稿したサイト)
- 動機や目的
- 当事者間の関係 など
上記の考慮要素をもとに、社会通念上許される限度を超える侮辱行為と言えるか、つまり常識的な範囲を超えた人格攻撃かどうかで名誉感情侵害の成否が決まります。
4.慰謝料の相場
誹謗中傷による損害賠償金としては、ほとんどの場合、精神的損害を賠償する慰謝料が中心となります。
名誉毀損のほうが名誉感情侵害よりも高額になりがちです。
具体的事実を指摘されることにより社会的評価が低下すれば、個人的な感情だけが害された場合よりも精神的損害は大きくなるでしょう。
名誉毀損の慰謝料相場は、10万円〜100万円です。
たいていは30万円〜50万円に収まると考えてよいでしょう。
ここでの名誉とは社会的評価の低下を意味しますから、有名人や社会的地位の高い人が名誉毀損の被害にあったときは、慰謝料が跳ね上がる傾向があります。
一般の方でも100万円近くの慰謝料を請求できるケースとしては、性的で下劣な内容・虚偽の前科などのデマ・失業や精神疾患など実害の発生が想定されます。
[参考記事] 名誉毀損で慰謝料請求したい|請求の要件・金額の相場一方、名誉感情侵害の慰謝料は金額としては大きくありません。1投稿につき数万円になってしまうこともあります。
とはいえ、極端な罵声を浴びせ続けられていれば、精神的な損害は大きくなります。
投稿内容の悪質性・粘着質で頻繁な書き込み・法的措置に対して反応を過激化させるなど、状況次第では数十万円程度の慰謝料が請求できる可能性が生じます。
5.刑事告訴したい場合
名誉毀損は刑法上の名誉毀損罪または侮辱罪に当たる可能性があるため、刑事告訴できます。刑法230条に名誉毀損罪、刑法231条に侮辱罪が定められています。
どちらも社会的評価が傷つけられたときに成立しますので、民法上の名誉毀損はこのどちらかに該当することになります。
事実の適示があれば名誉毀損罪、なければ侮辱罪です。
一方、名誉感情は刑法では保護されていません。
名誉感情を侵害する行為は、民事上でも「侮辱」と呼ばれますが、刑法上の侮辱罪は社会的評価を守るものであり、名誉感情だけが侵害されたときには適用されません。
もっとも、たいていの誹謗中傷は、名誉感情のみならず社会的評価も低下させていることが多いでしょう。
事実が指摘されていなくとも社会的評価が低下したとして、侮辱罪での刑事告訴ができないか検討してください。
6.まとめ
名誉毀損が法律上認められるには、違法性阻却事由という大きなハードルを乗り越えなければなりません。
具体性のないシンプルな罵倒は名誉毀損が成立しないケースもあります。
名誉感情侵害は、実務上、名誉毀損は成立しないものの違法と言うべき誹謗中傷をカバーする概念として機能しています。
しかし、ちょっとした言い争いをすぐに違法化するものではありませんし、よほど悪質なものでない限り慰謝料の金額は名誉毀損には及びません。
名誉毀損と名誉感情侵害、どちらについて主張すべきか、両方を主張するにしても証拠としてどのような資料が必要かは専門的な判断が必要です。
インターネットの誹謗中傷でお困りの方は、ぜひお気軽に弁護士にご相談ください。