ネット誹謗中傷で投稿者に請求できる損害賠償金の種類
誹謗中傷を書き込まれたり、住所氏名を晒されたりしたとき、相手を特定して損害賠償請求できることがあります。
投稿者に支払うよう求められる損害賠償金は主に「慰謝料」がありますが、匿名の相手の住所氏名を明らかにするには「発信者情報開示請求」という手続が必要となるため、それにかかった弁護士費用の賠償請求などもできるかどうか気になるところです。
この記事では、ネット誹謗中傷でどのような損害を賠償請求できるのか、内容や請求するためのポイントを解説します。
1.慰謝料
名誉権やプライバシー権、肖像権などを侵害されたとしても、現実に物が壊されお金が失われたわけではありません。
そのため、請求できる損害賠償金としては「慰謝料」、すなわち心が傷つけられたことを慰めるために支払うべき金銭が主なものとなります。
(1) 慰謝料についての法律の条文
慰謝料を損害賠償請求できるのは、民法710条が「財産以外の損害」に対する賠償を定めているからです。
民法710条(財産以外の損害の賠償)
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
ここには侵害された権利として「名誉」のみがあげられていますが、名誉権と同じく個人の人格権に属するプライバシー権や名誉感情が侵害されたときにも、慰謝料の請求が認められます。
(2) 慰謝料の金額の決め方
損害賠償請求するにあたっては、「相手の行為が違法であること」や「損害が発生したこと」だけでなく、損害の金額についても本来は具体的に主張・立証する必要があります。
しかし、誹謗中傷で傷ついた心を癒すために必要な金額が何円だと証明することは、多くの場合は非常に困難でしょう。
そこで、慰謝料の金額は「裁判所が諸般の事情を参酌して定める」、つまり誹謗中傷に関係する事実を参考に裁判官の自由な裁量に基づく判断で決められることになっています。
とはいえ、裁判官の感覚で個別に判断していては事件ごとに金額が大きく変わってしまいますから、平等の観点からどのような事情を重視すべきかの目安があります。
古い判決ですが、最高裁の昭和39年1月28日判決では「侵害行為の程度、加害者、被害者の年令資産その社会的環境等各般の情況」が挙げられています。
現代のインターネット上の誹謗中傷問題に合わせてポイントを変えれば、以下が主な要素としてあげられるでしょう。
- 被害者の社会的地位
- 被害の程度
- 誹謗中傷の方法や拡散範囲、悪質性
- トラブルが起きるまでの経緯
(3) 企業が被害を受けた場合
法人が、商品に欠陥があった、脱税をしている、労基違反のブラック企業だ、などの誹謗中傷を受ける被害も多くなっています。
特許権や商標権などの知的財産権侵害につながるものであれば、その損害を請求できるでしょう。
しかし、個人への誹謗中傷と同様、企業でも損害額を明らかにできないケースがあります。
企業そのものには人間のような心があるわけではないので、経営者や従業員はともかく、企業として慰謝料を請求できないようにも思えます。
ですが、先ほどの最高裁昭和39年1月28日判決は、民法710条が賠償すべき損害として定めている「財産以外の損害」は財産的評価ができない「無形損害」全体を指し示しているとして、名誉毀損を受けた企業は慰謝料のような損害を請求できるとしました。
2.弁護士費用
相手に損害賠償請求するためにかかった弁護士費用も、誹謗中傷による損害として賠償請求が認められることがあります。
特にインターネットトラブルにおいては、発信者情報開示請求で投稿者の住所氏名を特定するために弁護士に支払った報酬、「調査費用」も損害賠償請求できることが特色となっています。
ただし、投稿との因果関係を厳しく判断され、請求できる金額が限られてしまうおそれがあることにはご注意ください。
(1) 発信者情報開示請求の調査費用
匿名の投稿者相手に損害賠償請求を請求するには、発信者情報開示請求を利用してサイト管理者や通信会社から順次に情報を引き出し、個人情報を特定することが前提として不可欠です。
発信者情報開示請求は、法律やネット技術の高度な理解をもとに極めて迅速に手続を行わなければなりません。
個人特定に必要なデータは一定期間内で自動的に消去されてしまいますし、通信会社などから解析に必要なデータを求められたらサイト管理者に改めて確認する必要も生じます。
表現の自由を踏まえても違法に名誉やプライバシーが侵害されたと裁判所に認めさせるには、法律の条文だけでなく過去の裁判例を調査し理解したうえで、具体的な事実関係から説得力ある主張を組み立てることも大切です。
そのため、東京高等裁判所平成27年5月27日判決のように、実務上でも裁判所は調査費用を賠償金に含めることを認めています。
しかも、後述する損害賠償請求自体の弁護士費用と異なり、ケースによっては調査費用全額の請求が認められることもありました。
もっとも、最近では一部しか認めないことが多くなっているようです。
[参考記事] ネット誹謗中傷で損害賠償請求できる「調査費用」とは?(2) 損害賠償請求の弁護士費用
損害賠償請求の示談交渉や裁判自体も弁護士に依頼することになるでしょうから、その弁護士費用もかかります。
弁護士費用は昨今の司法改革により自由化されましたが、かつて日弁連が定めていた「旧弁護士報酬基準」が現在でもおおよその目安となっています。
旧弁護士報酬基準では、大まかに言えば請求額が300万円以下ならば着手金8%+成果報酬金16%となっていました。
慰謝料100万円を請求した場合、着手金8万円、報酬金16万円で合わせて24万円が弁護士費用となります。
では、この24万円全額を裁判所が損害として認めてくれるのかというと、残念ながらそうではありません。
原則、裁判所は慰謝料の1割しか、賠償されるべき弁護士費用として認めません。
慰謝料100万円が認められたとしても、弁護士費用としては10万円しか請求できず、24万円の弁護士費用のうち14万円は依頼者の負担となります。
また、多くの書き込みの中でも一部の投稿しか開示できなかったとき、相手に損害賠償請求できるのは開示できた書き込みの調査費用に限られ、開示に失敗した他人の書き込みへの調査費用までは特定できた相手に請求できません。
【投稿との因果関係】
なぜ弁護士費用全額を損害として請求できないのかというと、損害賠償請求の条件として、原因と結果の関係、「因果関係」が求められるからです。
ある損害を賠償するよう求めるには、加害行為(ここで言えば、インターネットへの書き込み)が原因で損害が引き起こされたという因果関係が必要です。しかも、法律では因果関係には社会通念上相当な範囲内、つまり常識の範囲内でという制限が加えられます。「弁護士費用は請求額の1割」という限定も根拠はこの相当因果関係です。
このように、ネット誹謗中傷への損害賠償請求ではどうしても赤字リスクが付きまといます。弁護士費用をできる限り回収できるよう、あらかじめ開示可能性の高い投稿を絞り込んで請求するようにしましょう。
3.逸失利益(認められにくい)
因果関係が認められにくいために請求しても裁判所が認めてくれない損害が「逸失利益」です。
逸失利益とは、加害行為がなければ被害者が手に入れられていたはずの金銭的利益のことです。
加害者に積極的に奪われたのではなく被害者側が動けなくなってしまったことによる損害という意味で「消極損害」とも呼ばれます。
企業はもちろん、個人で店舗を営業している方に対する誹謗中傷により、店の売り上げが下がってしまうことは珍しくないでしょう。
これにより減った利益を逸失利益として損害賠償請求できないか、従来から試みられてきました。
しかし、裁判所はインターネットに中傷が書き込まれたことが原因で客足が遠のいたとは認めてくれない傾向が強いようです。誹謗中傷が原因で利益が減少したという証明が難しく、逸失利益の賠償請求はほとんど認められていません。
4.まとめ
ネットトラブルで請求できる損害賠償金には、慰謝料(企業ならば無形損害)、そして調査費用をはじめとした弁護士費用があります。
因果関係の立証が難しいこともあり、それ以上の損害賠償金は認められにくい現状ですが、賠償金を加害者に支払わせられれば強力な再発防止策となります。
さらに、その事実を公開すれば、特定できなかった他の投稿者が誹謗中傷を繰り返さないよう抑えることもできるでしょう。
なにより、慰謝料を手に入れることでネットトラブルにより日常生活に付きまとっていた不安感を大きく拭えるのです。
損害賠償請求ができるかの判断には、権利侵害を裁判所が認めるかどうかの見通しなど法的専門性が必要です。
インターネットの匿名性を乗り越えるための手続、発信者情報開示請求は裁判所が認めるほど、弁護士の支援が必須となっています。
ネットトラブルで損害賠償請求をご検討の方は、どうぞお気軽に弁護士にご相談ください。