接続先IPアドレスと発信者情報開示請求
誹謗中傷の投稿者を特定するために発信者情報開示請求をするには、IPアドレスと呼ばれる通信データをたどっていくことが基本となります。
IPアドレスはインターネット上の機器の識別番号で、その性質に応じていくつかの種類があります。
最近の発信者情報開示請求で必要となっているのが「接続先」IPアドレスです。
ここでは、接続先IPアドレスが発信者情報開示請求で果たす役割や、投稿者特定をするうえで問題となるケースについて説明します。
1.接続先IPアドレスとは
接続先IPアドレスは、サイト側のサーバー機器に割り当てられたインターネット上の識別符号です。
インターネットでデータをやり取りするとき、パソコンやスマホなどユーザー側の機器とサイトデータが保管されているサーバーとが通信回線でつながります。
それぞれの機器が世界中のインターネット網の中でどこにあるのかを指し示すために必ず割り当てられる番号がIPアドレスです。
単に「IPアドレス」といったとき、一般的にはユーザー側のIPアドレスである「接続元IPアドレス」を指します。
そして、接続元IPアドレスからスタートした通信の終着点、データのやり取り相手となるサーバーに割り当てられたIPアドレスが、接続先IPアドレスなのです。
2.なぜ接続先IPアドレスが必要なのか
投稿者が誰なのかを特定するには、誹謗中傷を投稿したパソコンやスマホ側のIPアドレスさえわかればいいのではないかとも思えます。
しかし、発信者情報開示請求の仕組み、そして最近のインターネットの発展に伴い、投稿者の住所氏名をつきとめるには接続先IPアドレスが必要となるケースが増えているのです。
(1) 発信者情報開示請求の仕組み
誹謗中傷が投稿されたサイトの管理者が投稿者の個人情報を知っていれば、サイト管理者に住所・氏名を開示するよう裁判で求められます。
ところが、匿名サイトではサイト管理者は個人情報を把握していません。もっとも、その投稿がいつどこから投稿されたのか、つまり接続元IPアドレスなどの通信データはたいてい保存しています。
その開示をサイト管理者から受けたうえで、接続プロバイダと呼ばれる通信会社、たとえばドコモやソフトバンクなどに通信データを提供し、通信回線を契約している投稿者を特定する。
発信者情報開示請求では、このような2段構えの手続がしばしば利用されます。
(2) インターネット発展に伴う問題
以前は、接続元IPアドレスとタイムスタンプ(投稿された時刻)の2つで投稿者が特定できていました。
ところが、インターネットが広く普及するにつれて発展した技術的な問題が生じてきます。
IPアドレスはある時刻には世界に1つしかありません。「時刻」と「場所」でインターネット上のどこに通信先があるかが定まるようになっているのです。
ですから、投稿時刻とIPアドレスがわかれば投稿に用いられた機器が特定できるはずでした。
しかし、最近ではその2つだけでは特定困難となるケースが生じてきました。
インターネットに接続する機器が膨大な数になるにつれて、IPアドレスが足りなくなってしまったため、IPアドレスが複数の機器で共有されるようになったことが原因です。
特に、近年に爆発的に普及したスマホではIPアドレス共有技術が発達し、この「IPアドレスの枯渇」問題が深刻になっています。
接続プロバイダはログと呼ばれる通信記録をIPアドレスやタイムスタンプで照合して投稿者を割り出します。
ログの中である時刻に同じIPアドレスを使っている回線契約者が複数いれば、誰が誹謗中傷をしたと言い切れず、かといって無実の人の個人情報までまとめて開示するわけにもいきません。
より多くの番号を割り振るため作られた新しい規格のIPアドレスならば、共有技術を用いなくても割り振りしきれるようですが、残念ながらまだ普及しきっていないのが現状です。
(3) 接続先IPアドレスによる特定
「いつ、どこから投稿されたかだけでは誹謗中傷を投稿したであろう人間を一人に絞り切れない。」…そこで、接続先IPアドレスがログ解析のために追加されるようになりました。
接続先IPアドレスは誹謗中傷が「どこへ」投稿されたのかを示す情報です。そのため「投稿先IPアドレス」とも呼ばれています。
インターネットに接続するスタート地点となった接続元IPアドレスが同じだったとしても、通信のゴールとなる接続先IPアドレスは違います。
ですから、接続先IPアドレスを接続元IPアドレスやタイムスタンプと組み合わせることで、より確実に投稿者を割り出せるようになったのです。
3.接続先IPアドレスを調べるには
接続先IPアドレスはサイト管理者が保有している情報ですが、サイトデータを解析して調べることもできます。
(1) サイト管理者からの開示
発信者情報開示請求権を定めたプロバイダ制限責任法関連の法令に基づいて、接続先IPアドレスをサイト管理者に対し開示請求できるとされています。
ただし、接続先IPアドレスについてはサイト管理者が把握していないこともあります。開示を仮処分など裁判所の手続で強制しようとしても、そもそも情報がなければ空振りです。
このようなときは、サイトデータを解析します。
(2) サイトデータの解析
インターネットを閲覧するとき、皆さんが目にしているのはIPアドレスではなくURLの方でしょう。「http~」で始まる文字列がURLです。
IPアドレスが機器の住所ならば、URLは情報の住所です。サイトがインターネットのどこにあるかを示すものがURLであり、サーバーの場所を示すIPアドレスとは原則として対応しています。
そこで、投稿の送信先となっているURLを誹謗中傷が投稿されたサイトのデータから抽出し、変換サービスやWindowsのコマンドプロンプト機能などでIPアドレスに変換すると、接続先IPアドレスがわかることがあります。
(3) 接続先IPアドレスも特定できない?
本来、1つのURLに対して1つのみ対応しているはずの接続先IPアドレスが、いくつも設定されているケースが出てきました。
サーバーに接続が集中して負担が大きくなりすぎないよう、複数の接続先IPアドレスを1つのURLに対応させる負荷分散システムが利用されるようになったのです。「DNSラウンドロビン」と呼ばれる技術などがあります。
このようなサーバーを利用しているサイトのURLを分析しても、接続先IPアドレスが何個も出てきてしまいます。
実際に投稿者が用いた接続先IPアドレスは、その中の1つだけであるにもかかわらずです。
投稿者につながる接続先IPアドレスを特定するうえでは、サイト管理者の姿勢がカギを握ります。
4.接続先IPアドレスが問題となるケース
発信者情報開示請求をしても権利侵害が認められない、ログが消去されておりデータ照合ができないなど、投稿者をつきとめられないことがあります。
接続先IPアドレスに関しても、問題が発生すると投稿者特定に支障が生じるおそれがあるため注意が必要です。
対処が困難なこともありますが、投稿先サイトによってはある程度リスクを予測できます。
- Yahoo!:接続先IPアドレスが複数あるサイトです。Yahoo!内部の調査でも特定の投稿に対応する接続先IPアドレスを1つに絞ることはできません。もっとも、実務上、接続プロバイダに対する住所氏名開示訴訟で、『「次のうちいずれか」の接続先IPアドレス』と指定することで、ログ照合に時間がかかるものの、投稿者特定に道が開けることがあります。
- 爆サイ:サイトシステムが特殊なため、URLから接続先IPアドレスを解析できません。しかし、場合によっては、サイト管理者が接続先IPアドレスを開示するときもあるようです。 また、「調査嘱託(しょくたく)」制度により開示を受けられることもあります。
5.まとめ
発信者情報開示請求による投稿者特定は、誹謗中傷を根本から絶つために非常に有効な手段です。
もっとも、法律のみならずインターネット技術の問題からも開示手続が途中で失敗に終わるリスクがあるため、事前の慎重な検討が大切となります。
接続先IPアドレスは発信者情報開示請求の成功率を高める大事な情報となった一方、その内容次第ではログが解析できず投稿者が特定できないこともあります。
誹謗中傷の投稿者に対して損害賠償を請求したい、そのために発信者情報開示請求をしたいと弁護士に相談した際、このコラムにおける接続先IPアドレスの解説がご参考になれば幸いです。