削除請求をする際の注意点
インターネットで誹謗中傷を受けたとき、まず検討すべきはその投稿の削除です。
サイト管理者に任意の削除をしてもらえる可能性はあり、例えそれを拒否されても、たいていは裁判所の仮処分を用いれば数か月程度で削除できます。
投稿者を特定する発信者情報開示請求は、裁判がほぼ必須のうえ特定失敗のリスクがあるのに対し、削除請求は手間がかからず効果が期待しやすい対処法と言えるでしょう。
もっとも、削除請求にも落とし穴はあります。
サイト管理者側の事情次第では削除しづらくなることがあり、裁判所に削除の強制を求めるには法律上の要件を満たす必要があります。
特に過激な投稿者を相手とするときは、炎上など逆効果となるリスクを慎重に見極めなければいけません。
ここでは、インターネット上の誹謗中傷に削除請求するときの注意点について説明します。
1.削除の要件
サイト運営者が削除を拒否した場合、裁判所の「仮処分」で削除させられるかを検討します。
しかし、許せない悪口だとしても、裁判所は違法性がなければ削除を認めません。また、技術的に削除が難しいこともあり得ます。
そもそも削除が選択肢に含まれるのか、検討することから始めましょう。
(1) 権利侵害があるかどうか
仮処分(通常の訴訟よりも手続を簡単にした手続きで、サイト管理者に対して削除を命じる請求)により投稿を削除するには、投稿があなたの権利を侵害していることが条件となります。
削除請求が認められる権利は、以下の通りです。
- 名誉権
- プライバシー権
- 肖像権
- 名誉感情
- その他の人格権
- 知的財産権
- 不正競争防止法違反
上記以外の権利、たとえば営業権侵害では削除請求が認められません。営業妨害となるような書き込みに対処するならば、名誉毀損や不正競争防止法違反だと主張して削除するか、業務妨害罪として警察に刑事告訴するなどの対応が考えられます。
(2) 権利侵害となる条件
上記のどの権利に基づいて削除を求めるかにより、権利侵害となる条件は異なります。
名誉棄損などの人格権侵害では、まず「ネットで名指しされている人間と現実の自分は同一人物だ」といえること、いわゆる「同定可能性」が必要です。
ハンドルネームに対して誹謗中傷がされているとき、現実社会の友人や知人がそのハンドルネームを知らない、ネット社会とオフ会などで現実のつながりを持ったこともないのであれば、同定可能性が認められません。
また、名誉毀損では、書き込みが真実ではないと証明できるかが主なポイントとなります。
「この店の料理は不味い」といった感想や評価そのものは主観的なものです。客観的にその是非を証明することができません。削除請求するには、その判断の前提となった事実がウソだと言えることが必要です。
一方、プライバシー権侵害が成立するには、その被害が公表による利益を上回る必要があります。
たとえば、過去の犯罪報道につき、裁判所は「公共のために公開するべきだ」として削除を渋っています。投稿先サイトが匿名掲示板などならば、削除されやすくなります。
(3) サイト側の問題
サイト管理者の態度次第では、任意の削除依頼に応じると期待できません。
裁判所を用いるにしても、サーバーが海外にあると手出しができないこともあります。
削除請求では、サイトの連絡先に記載されたメールやフォーム、法律に基づく書式である送信防止措置依頼書を用いた削除依頼もしばしば用いられます。数日のうちに削除されることもあり、誹謗中傷による被害を早急に拡大防止するために有用な手段です。
ただし、法的強制力を伴わないため、削除されるかは相手(サイト側)の意思次第です。
以下のようなケースでは、サイトが依頼に応じて削除する可能性は低いでしょう。
- 海外のネットサービスやサーバーを利用している
- メールやフォームなどの連絡先がない
- 技術的にサーバー管理者が関与できない
サイト管理者へのアクセスが困難であれば、サーバー管理者など関係者に協力を求めることも考えられます。
もっとも、海外事業者が絡んできたり、技術的問題が立ちはだかっていたりすると、それも困難になってしまうおそれがあります。
検索結果の削除請求など、代替策を検討しましょう。
2.削除できる範囲
気に入らない投稿すべて、相手の投稿すべてを削除できるとは限りません。
誹謗中傷対策のため適切な範囲を削除できる可能性があるか、検討しましょう。
(1) 裁判所:権利侵害がある部分
裁判所は、権利を侵害している範囲でだけ、削除を認めます。ブログやSNSのアカウント全体をまるごと削除することは認められにくく、たいていは誹謗中傷が含まれる記事や投稿ごとに削除の可否が判断されるでしょう。
サイト全体を削除できるとすれば、サイトが誹謗中傷のために作られたケースや、アカウントで他人になりすましをしているケースなど、極端な事情があるときです。
(2) サイト運営側の対応はまちまち
掲示板などの削除ルールでも、多くの場合はスレッド単位ではなく個別の投稿単位での削除となっています。
他の書き込みとの文脈を読み込めば誹謗中傷と言えるようなものでも、形式的な判断で削除しないこともあります。そのときは仮処分に頼ることになります。
サイト管理者自身がサイトに誹謗中傷を投稿しているような悪質なケースでは、伏せ字などを用いて中途半端な削除をわざとしてくるリスクもあります。
悪質な投稿者対策は、このコラムの後半でより詳しく説明します。
(3) コピーサイト・ミラーサイトの場合
匿名掲示板でよく見られますが、投稿内容をコピー・抜粋したコピーサイトやミラーサイトがあります。
内容が同じでもオリジナルのサイトとは別のサイトですので、個別に削除請求しましょう。
検索結果についても注意が必要です。
Googleの検索結果を削除するとYahoo!検索も連動して削除されますが、MicrosoftのBingは別に削除を求める必要があります。
3.削除すべきかどうかの判断
削除は有効な対策である一方で、投稿者特定のためには通信記録を残しておかなければなりません。
また、投稿者を刺激して逆に拡散を招かないかといったリスク検討も大切です。
適切な範囲の投稿を削除できるとしても、削除すること自体が誹謗中傷対策としてマイナスにならないか、一度立ち止まって考えてみましょう。
(1) 投稿者特定への影響
匿名サイトへの投稿者を特定するには、まずはサイト管理者から投稿に関するデータを引き出し、通信会社に照合させる必要があります。
ところが、投稿削除と同時に照合に必要なデータも消去されてしまうことがあるのです。
これが、削除依頼にすぐに応じてくれる(親切な)サイトでトラブルを引き起こします。
被害者ご自身で削除依頼を出して削除されたあと、弁護士に発信者情報開示請求を依頼しようとしたところ、データ消去により特定不可能になってしまった。このようなケースは後を絶ちません。
誹謗中傷がしつこく、削除だけでなく投稿者への責任追及もしたいなら、ご自身でサイト管理者にコンタクトを取る前に弁護士にご相談ください。
(2) 悪質な投稿者
削除された投稿を書き込んだ人間が逆恨みして、被害を拡大させるリスクがあります。
特にサイト管理人=投稿者のケースは要注意です。
- 削除請求に関する書類を晒す
- 任意削除にいったん応じてから投稿を復活させる
- 単語単位で虫食い状に削除する
などの嫌がらせをしてくることもあります。
氏名・住所が晒されればプライバシー侵害として裁判所に削除請求できるでしょうが、裁判に時間がかかります。
ごく一部のみ、しかし裁判所が権利侵害を認めない範囲で削除されてしまうと、仮処分による削除ができず中途半端な状態で手出しができなくなるおそれもあります。
もっとも、多くの場合はサイト管理者と投稿者は別でしょう。
匿名掲示板やSNSなどの運営者は、さすがに上記のような極端に悪質な対応をすることはありません。
投稿者が自分でサイトを作成しているケースでは、過激化防止のため、当初から発信者情報開示請求をして投稿者を特定し、交渉で再発防止を約束させるなど、削除にとどまらない対策を当初から視野に入れておきましょう。
(3) 炎上のリスク
ネット誹謗中傷問題で「炎上」リスクは避けて通れません。炎上による不特定多数からの攻撃が、削除請求により引き起こされる可能性は否定しきれません。
ひとたび炎上が起きてしまうと、検索結果の汚染により権利侵害が拡大してしまいますし、プライバシーを侵害する情報がコピーされ拡散されれば、対処は著しく困難になってしまいます。
炎上させる中心人物は少数だとの分析が出ていますので、炎上後はメインとなっている投稿者を特定して再発防止を約束させるなどの対策をすることになるでしょう。
しかし、炎上が収まるまでの被害は甚大なものとなります。
とはいえ、ほとんどの誹謗中傷は散発的なものにすぎず、投稿削除をしても炎上に発展することは珍しいでしょう。極端に不安を持つ必要はありません。
それでも、投稿の内容・投稿に関連する事情・投稿者やサイトの性質・投稿や削除請求のタイミング・被害者や話題の知名度等次第では、投稿の削除をする前に、できる限り炎上リスクを慎重に見極める必要があります。
炎上リスクが無視できないのであれば、いったん投稿削除は先送りにして様子を見る、検索結果だけでも削除しておくなどの代替手段を取りましょう。
4.まとめ
削除請求は誹謗中傷対策の基本であり、サイトによってはメールなどで被害者ご自身からの削除依頼にすぐ対応してくれることもあります。
もっとも、それが発信者情報開示請求をほぼ不可能にしてしまったり、炎上を招いてしまったりと、思わぬ落とし穴にはまってしまうリスクにはご注意ください。
誹謗中傷の内容や推測される投稿者のタイプから、下手に手出しをすると事態が悪化してしまうのではないかという不安が少しでもあれば、お早めに弁護士にご相談ください。
弁護士であれば、削除請求が誹謗中傷対策として効果的かを判断し、また、専門性の高い発信者情報開示請求と合わせて請求することができます。