同定可能性とは?権利侵害の要件
誹謗中傷されている人が誰なのかを特定できることを「同定可能性」と言います。
ネットの書き込みで名誉権やプライバシーが侵害されたといえるためには、その内容に同定可能性が認められなければいけません。
フルネームが書き込まれていても、必ず同定可能性が認められるとは限りません。同姓同名の別人がいる可能性もあるためです。
一方で、イニシャルや伏せ字などで言及相手をぼかしていても、勤め先や年齢などの記載次第では、特定の誰かを名指ししていると言えることもあります。
ここでは、ネット誹謗中傷の重要な論点の一つ、同定可能性について説明します。
1.なぜ同定可能性が必要なのか
同定可能性は、ネットの書き込みによる人格権侵害、たとえば名誉棄損やプライバシー侵害で一般的に求められる条件です。
裁判所も、東京高等裁判所の平成13年2月15日判決、いわゆる「石に泳ぐ魚」事件などで、同定可能性は人格権侵害が成立するために必要だとしています。
人格権侵害が認められなければ、多くの場合、削除請求や発信者情報開示請求、損害賠償請求は認められません。
どうして同定可能性が求められるのか。それは人格権の根本的な性質にあります。
(1) 人格権の性質
人格権は、個人の尊厳に立脚しているもので、本人とは切り離すことができない権利です。
名誉棄損で言う「名誉」とは、「他人から見た自分への社会的評価」を指します。
プライバシー侵害は、自分が他人に打ち明けるかどうかを決めたい、できれば他人に知られたくない事実、または事実らしく受け取られるおそれのある事柄を公表されることで生じます。
そのため、誹謗中傷があなたのことを指していると客観的に理解できるものでなければ、名誉棄損やプライバシー侵害は成立しません。
「周囲の人があなたのことを指しているとわかるかどうか」は、同定可能性の有無を判断するうえで大きなポイントとなります。
(2) 名誉感情侵害と同定可能性
同定可能性は、民法上の侮辱、すなわち名誉感情侵害では必ずしも必要とはなりません。
福岡地方裁判所の令和元年9月26日判決では、「対象者が自己に関する表現であると認識することができれば成立し得る」としており、同定可能性を名誉感情侵害の成立条件とはしませんでした。
名誉感情は「感情」、つまり個人がどう感じたかの問題であり、他人からの評価などは直接には問題とならないからです。
もっとも、同定可能性は、侮辱が社会通念上許容される限度を超えるかどうかの判断要素の一つですので、名誉感情侵害の成否にある程度は影響を与えます。
なお、実務上は名誉感情侵害単独で請求することは少なく、多くは名誉権侵害と合わせて主張するため、どのみち誹謗中傷への対応では同定可能性の有無が問題となります。
ちなみに、刑法上の侮辱罪は「事実を指摘せずに社会的評価を低下させる」行為が侮辱となるとされていますので、名誉棄損などと同じく同定可能性が求められます。
2.同定可能性の基準と判断方法
同定可能性があると言えるケースは、投稿が指し示す人間がこの世に一人だけと読める場合です。
逆に言えば、誹謗中傷の対象として考えられる存在が他にいないということでもあります。
同姓同名の別人、同じ名前の会社を指していると読み取れる余地があるならば、同定可能性は認められません。
誹謗中傷の投稿はわざと相手をあいまいにして、言い逃れできるようにするものです。
とはいえ、形式的な言い訳ができるわけではなく、同定可能性の判断をするうえでは常識的な柔軟性が認められています。
(1) 投稿された流れを読み込む
掲示板などでは、特定の話題について複数の投稿者が短文を連ねていくことで誹謗中傷を作り出していきます。
SNSでも仲間と応答を重ねていく、あるいは個人でも短い書き込みを連投していくことがあるでしょう。
その一部のみが誹謗中傷に当たるとき、その投稿内容からは誰を指して言っているのかわからなくとも、同定可能性が認められる余地があります。
最高裁平成22年4月13日判決は、ネット誹謗中傷に関する権利侵害を判断するには、他の書き込みの内容・書き込みがされた経緯などを考慮できるとしています。
伏せ字や当て字などが用いられているために個別の書き込みだけでは誰のことを指しているのかわからなくとも、文脈・話題の流れに沿って前後の書き込みを読み込めば誰の悪口を言っているのかがわかる、という時でも、同定可能性が認められるのです。
(2) 投稿内容の読み方
言葉や文章は、ざっと読んだときと慎重に読み込んだときとでは、読み取れる内容が異なってしまうものです。
「普通に読めばAさんのことを言っているようにしか思えないが、よくよく読めばBさん、もしかしたらCさんに対する悪口とも読み取れる」というような投稿について、Aさんとの同定可能性が認められないのでしょうか。
最高裁昭和31年7月20日判決は、名誉棄損では「一般読者の普通の注意と読み方」を基準に表現を読み取るべきとしています。インターネットに合わせて言えば「一般閲覧者の普通の注意と閲覧の仕方」ということです。
常識から外れた読み方で難癖をつけて言い逃れをすることはできません。
投稿内容次第では、「一般の閲覧者」とは、世間一般の人よりもはるかに狭い範囲の人々、たとえば勤務先の同僚、地域住民、かつての同級生や趣味仲間などの人たちに限定できます。
投稿の中にある個人を示す特徴と、日常生活で知っている知識とを合わせれば、特定の個人を言っているとわかる可能性があるからです。
「その投稿を読もうとする人」「日常生活を共に過ごす周囲の人」に、投稿で悪口を言われている相手が自分だと特定されるか、これが同定可能性のポイントなのです。
(3) 具体的な判断ポイント
ここからはより具体的にどのような場合に同定可能性が認められるのかを考えていきましょう。
上記で説明したとおり、誹謗中傷自体のみならず、その前後の投稿内容を踏まえて、あなたのことを知る人にとっての同定可能性があるかを検討します。
おおまかには、投稿に記載された個人の特定につながる情報を組み合わせていくことになります。
フルネーム
フルネームの記載があっても同姓同名の別人だと反論される余地がありますから、他に何か、あなたにつながる情報がないかを探します。
実名を名指しされていなくても、あなたが読んで「これは私の悪口だ」と分かったポイントが何かあるはずです。
実名のフルネームでなくとも、あなたを知る人ならわかる情報が誹謗中傷に絡めて記載されていないでしょうか。
たとえば、イニシャル・あだ名・勤め先・年齢・学歴・住所・資格、その他にも様々な社会的属性が考えられます。
投稿に現れた属性が多ければ多いほど、その属性を併せ持つ人間は限定されますから、同定可能性が認められやすくなります。
投稿先サイトが専門性を持っていれば、そのサイトの性質も併せて検討できるでしょう。
会社や店舗の口コミ掲示板などに誹謗中傷が投稿されたとき、その会社や店舗にあなたと同じ名前・似た属性の人がいなければ、その投稿はあなたのことだけについて言っているのだと主張しやすくなります。
ハンドルネームなど
名指しされた対象がハンドルネームや源氏名、ペンネームなど、現実からは距離を置いた名前であるとき、「現実のあなた」との同定可能性は認められるのでしょうか。
ハンドルネームなどを使って、現実の自分とは別のバーチャルな自分を作り出し、実生活とはかけ離れた活動をしていたところ、そのハンドルネーム・活動に対して誹謗中傷が行われたケースです。
主観的にはハンドルネームで活動している自分も自分なのですから怒り心頭になりますが、実生活で付き合いがある人たちにそのハンドルネームや活動が知られていなければ、「現実のあなた」への評価に悪影響は生じないでしょう。
そのため、「実生活との関わりがあるか」ひいては「ハンドルネームなどと現実の本人とを結びつけることはできるか」が、ハンドルネームなどへの誹謗中傷で同定可能性が認められる条件となります。
- 友人や同僚がハンドルネームなどを知っている
- 実際の顔写真をネット上で用いている
- オフ会や即売会に参加している
こういった事情があれば、ハンドルネームは現実のあなたとつながりがあるとして、同定可能性が認められやすくなるでしょう。